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2014年3月27日木曜日

京大受験 ~世界史~

やり通した問題集・参考書・塾の講座を並べておきます。

ちなみに京大模試は
夏:河合71点、駿台65点←恐らく採点ミス
秋:河合73点(65.6)、駿台約90点(約70)←冊子掲載

・高2 3学期
Z会通信国公立世界史
教科書(東京書籍、山川出版)
詳説世界史学習ノート

・高2 春休み~高3 夏休み
Z会通信国公立世界史 
教科書(東京書籍、山川出版)
詳説世界史学習ノート
世界史100題
世界史B用語・問題2000

・高3 2学期~冬休み
Z会通信京大世界史 

教科書(東京書籍、山川出版)
詳説世界史学習ノート

世界史100題
世界史B用語・問題2000

・高3 3学期
Z会通信国公立世界史 

教科書(東京書籍、山川出版)
詳説世界史学習ノート

世界史100題
世界史B用語・問題2000
京大過去問(論述)

京大受験 ~国語~

やり通した問題集・参考書・塾の講座を並べておきます。

ちなみに
京大模試は
夏:河合79点(70.2)、駿台65点(57.7)
秋:河合86点(62.5)、駿台64点(55.3)
センターは
88+38+30=156点

・高2 冬休み
Z会L2J(現古漢)

・高2 3学期
Z会L2J
スピード攻略10日間古文基礎・演習
スピード攻略10日間漢文
古典文法トレーニング
古文上達
重要古文単語315

・高2 春休み
Z会E3T(現古)
古文上達
重要古文単語315

・高3 1学期
Z会E3T(現古)
ちくま評論選(学校授業用)
古文上達
重要古文単語315
センター過去問(漢文、学校授業用)
東大過去問(漢文、学校授業用)

・高3 夏休み
Z会E3T(現古)
現代文と格闘する
得点奪取古文
重要古文単語315
マーク式基礎問題集漢文

・高3 2学期
Z会E3T(現古)
東大過去問(現代文、学校授業用)
現代文と格闘する
得点奪取古文
ライジング古文
重要古文単語315
読み解き古文単語
マーク式基礎問題集漢文
センター過去問(漢文、学校授業用)
東大過去問 (漢文、学校授業用)

・高3 冬休み
駿台京大現代文
センター現代文解法の新技術
ライジング古文
重要古文単語315
読み解き古文単語
短期攻略古文
短期攻略漢文
センター過去問

・高3 3学期
Z会LKB(現古)
京大過去問(現代文、学校授業用)
センター過去問
京大過去問(古文)
入試攻略問題集(古文)
実戦問題集 (古文)
読み解き古文単語
センター漢文解法マニュアル

京大受験 ~数学~

やりとおした問題集・参考書・塾の講座などを並べていきます。学校の授業を除く。

ちなみに
京大模試は
夏:河合23点(43.4)、駿台41点(46.8)
秋:河合51点(50.6)、駿台87点(59.6)
センターは
100+96=196点

・高2夏
Z会M2A(1A2B)

・高2 二学期
Z会M2A


・高2 冬休み
Z会M2A

・高2 3学期
Z会M2A
チェック&リピート1A
チェック&リピート2B

・高2 春休み
Z会M3B(1A2B)
チェック&リピート2B

・高3 1学期
Z会M3B
チェック&リピート1A
チェック&リピート2B
標準問題精講1A
標準問題精講2B

・高3 夏休み
Z会M3B
標準問題精講2B
文系数学のプラチカ
京大の数学25カ年
黒本(センター過去問)

・高3 2学期
Z会M3B
文系数学のプラチカ
京大の数学25カ年

・高3 冬休み
Z会M3B
文系数学のプラチカ
京大の数学25カ年
マーク式総合問題集(センター)

黒本

・高3 3学期
駿台京大文系数学プレ
京大の数学25カ年
実戦問題集(京都大学)
入試攻略問題集(京都大学)
センター試験必勝マニュアル
実戦問題集(センター)
黒本

京大受験 ~英語~

やり通した問題集・参考書・塾の講座を並べておきます。 学校の授業を除く。

ちなみに
京大模試は
夏:河合100点 駿台90点
秋:河合86点、駿台96点
センターは
184+36点


・中学
Birdlandの傍用問題集

・高2 夏
Z会E2M(和訳)
Z会E2GX(文法・語法・作文)
システム英単語

・高2 2学期
Z会E2M
Z会E2GX
Vintage(文法・語法)
英作文ハイパートレーニング
システム英単語
Duo3.0

・高2 冬休み
Z会E2M
Z会E2GX
英作文ハイパートレーニング
システム英単語
Duo3.0
 
・高2 3学期
Z会E2M
Z会E2GX
英作文ハイパートレーニング
システム英単語
Duo3.0

・高2 春休み
Z会E3T(和訳・読解)
Z会E3MB(文法・語法)
英文解釈の技術100
英作文のトレーニング実戦編
システム英単語
Duo3.0

・高3 1学期
Z会E3T
Z会E3MB
英文読解の透視図
京大の英語25カ年
英作文のトレーニング実戦編
システム英単語
Duo3.0

・高3 夏休み
Z会E3T
京大の英語25カ年
ドラゴンイングリッシュ基本英文100
英作文のトレーニング実戦編
システム英単語
Duo3.0

・高3 2学期
Z会E3T
京大の英語25カ年
ドラゴンイングリッシュ基本英文100
英作文のトレーニング実戦編

システム英単語
Duo3.0

・高3 冬休み
Z会E3T
京大の英語25カ年
ドラゴンイングリッシュ基本英文100
英作文のトレーニング実戦編

システム英単語
Duo3.0

・高3 3学期
Z会EKB(和訳)
京大の英語25カ年
実戦問題集(京都大学)
入試攻略問題集(京都大学)
京大後期過去問(和訳)
ドラゴンイングリッシュ基本英文100
英作文のトレーニング実戦編
解決!センター英語リスニング
発音・アクセントの薄い問題集(名前失念)
システム英単語
Duo3.0

京大受験 ~二次試験直前~

直前というか、センター後。

センター翌日に学校で得点集計が有った。みな国語ができていなかった。総合9割越えが他に殆ど居なかったので、 やはり難しかったのだろう。

700点台前半の点数で教員に励まされている同級生が多かった。しかし彼らの中で東大に受かったのが結構いるので、得点比率からしても、今年の難易度からしても、逆転可能な点数なのだろう。

センターリサーチ等が帰ってきたが、全てA判だった。京大文学部は東大に比べればセンターが重いので、 ここで9割を超えると大きなアドバンテージになる。これで気が楽になった。

この期間も、数日Z会に行ったほかは学校に6時に着いて夕方まで残る生活を続けていた。ただ、センター前とは違って学校の講習やら添削もあったので、人と話す時間が増えた気はする。誰とも合わずに1か月間勉強するのは辛いものがあるのではないか。まあ、同級生と会ったことで数時間遊び始めた日も有ったとはいえ。

例の大雪もこの期間であった。最初の大雪の日は、午後から雪ということでカメラを持って登校した。すると昼で学校を追い出されたので、そこら中を撮影しながらゆっくり帰った。足が痛くなった。

次の大雪は、朝から学校が休校だった。しかし教室に勉強道具を置いている身なので無理やり登校して回収した。また足が痛くなった。

試験1週間前くらいになると、数学の予想問題集を解き始めた。すると60点くらいなら取れそうな気がしてきた。元々は45点取れば受かる、という話だったので心強い。

しかし、ここに来て勉強のモチベーションが下がる。ゲームに逃げるとか寝るというわけではなく、京大のシラバスや京都の町についてググっていて時間を消費していた。これで意識は高まったが、勉強時間は減った。

直前は、もはややることが無くなった気がしたので、良い形で終われたと思う。

京大受験 ~センター当日~

前日の帰り際にセーラームーンの聖地である神社に必勝祈願した。当日は無駄に早く出発したせいで時間が余り、またも前述の神社に寄った。

受験会場は東大本郷であった。入口前で教員に会い、門を入ると知り合いの集団がいて、艦これと桜trickの話をされた。桜trickとは京大でも遭遇することになる。

直前期に、センターは知識不足で失敗することはありえず精神戦だ、という結論に至った。行きの電車は音楽を聴いていて、東大に着いたらば教員と同級生に有ったので良いスタートだったと思う。

私が飛ばされた医学部の講堂は、社会1科目をはじめマイナーな受け方をする受験生を寄せ集めたものだった。そのため同室に知り合いはゼロ。普通の科目で受けると周りは同級生だらけだそうだが、知り合いがいない方が個人的には好みである。

会場は非常に古い建物で、椅子は取り付けられているプレートからして戦前の物だった。高校生は見慣れない急な階段教室、かつ外と同じ服装になるほど寒いので、緊張する人はかなりすると思う。

試験官は真面目な表情を崩さないので厳しいのかと思いきや、鞄を通路に放置しても何も言わないし、消しゴムのカバーも外さずに使えた。(京大は両方禁止)

緊張したくないので、長い待ち時間にずっと作り笑いしていた。すると途中から面白くなってきたので緊張を回避した。これは有効。

・地理
精神戦なので初めの科目の出来は重要。地理は趣味と被っているので、流石に得意。30分で解き終わって満点を確信した。(実際は満点ではない…)

・国語
いつも15分以内でほぼ満点の漢文から…あれ即答問題が少ない…えっ
古文は得意だぞ…ん?話の内容が掴めない…えっ
おや…古 典 の 一 周 目 で 4 0 分 使 っ た ぞ…
これはやばい現代文は瞬殺しなければ…意外と行けるね
残りで古典の見直し…分からんね…
あっ…時間…

140点くらいかもしれない、と怯えながらも、自分ができないなら平均は凄く低いはず、という自信はあったので持ちこたえる。

・英語
本当に普通だった。

こうして1日目は終わった。国語で爆死したのではないか、と思いつつも140点は切らないだろうし平均が低いはず、と考えた。夜は地学の見直し。

そして2日目へ。
・地学
は?…いや時間かければ出来そう…ああ出来たか
確かに難しかったが、1周目に40分かけるスローペースなら解けた。

・数学①
1Aは去年より簡単になるだろうし、そもそも簡単なはず、ということで気楽に解こうと思った。
あぁこれはできる…図形が分からん、飛ばそう…時間余裕だから図形やろう…よし分かった

40分と少しで完答した。

・数学②
1Aが満点だから確実に80点取りに行こう…あっ三角関数が消えたぞ、これは勝ったか…微積の計算複雑だから最後一つ捨てよう…他はギリギリ全部できたな

時間が厳しかったので微積の最後を捨てた。


そして帰宅、自己採点。

英語:184+46
数学:100+96
国語:88+38+30
地理:94
地学:96
合計:229/250(91.6%)

国語は170点が目標だったが、今年は難しかった。とはいえ、150点台に踏みとどまった。意地。

数学は直前に解いた過去問を少し上回った。試験中は興奮状態だったと思う。

他の科目は予想通り。

9割越えたのでセンターリサーチを待たずに京大文学部出願へ。

京大受験 ~センター直前~

正月からはセンター対策に絞った。京大文系受験者は漢文・社会1科目・リスニング・理科1科目をセンターでしか使わないので、それの対策は二次試験対策とは完全に別物である。

数学以外は早くに見通しがついたが、数学は本番1週間前くらいまでできる気がしなかった。だが問題の数をこなしているうちに点数が上がっていき、直前は9割取れそうな気がしていた。

3学期が始まり、我が校の高3は自由登校なのだが、私は朝6時から夕方まで学校に居た。家にいると冬休みのように7時間以上寝ているだろうから。教室にはほかに誰も来なかったので、開放感に満ちていた。

学校でセンターパックを解くイベントが有ったので参加した。一人で家で解いても同じ、と思うかもしれないが、本番に近い雰囲気でやるほうが良いと思う。

直前期はひたすらに過去問や予想問題集を解くのみだった。一応、毎日全科目最低一年分をこなしていた。(地理と地学は2年)これで良かったのかどうか。

2014年3月26日水曜日

京大受験 ~高3秋から年末~

高3の2学期になると受験が近くなっているのを感じる。「一浪して明○大行ってろ!」などという笑えない冗談も言われなくなった。

2学期は長かったのに、あまり記憶がない。イベントとしては学年行事位しかなかったからだろう。

私は学年行事で省庁見学コースを企画した。防衛省見学、農水省食堂で食事、法務省、外務省見学というベタなものだった。しかし久しぶりのイベントということで私のみならず結構みな楽しんでいた気がする。

秋の大学別模試や最後の校内模試が帰ってくる頃になると、受験モードがもう一段階上がったように思う。そろそろ逆転が難しくなってくるのだ。

12月からは時間管理に苦しんだ。何故かエネルギーが湧いてこなくなり、最低7時間は寝ていた。二次試験については余裕があったといえば有ったが、センターが不得意であったにもかかわらず。


センター対策は、12月の頭からやり始め、半ばから比重を上げていき、正月からは完全にセンターに絞った。

京大受験 ~高3春から夏~

我が校は春に文化祭がある。この年は4月末であった。

例の歴史研究部的サークルの展示は毎年高3が手伝いに入るし、壁新聞の展示は私が企画しないといけない雰囲気であった。そのため、高3ながら全力で文化祭に参加することに。

そう決めると、今までの勉強中心の生活は揺らいで、4月の頭から例のサークルを手伝ったり、新聞のパンフレットを後輩に投げずに自作したりと、かつての生活に半分戻っていた。それでも早朝は必ず勉強していたし、夜も基本は勉強していたので、周りにおいて行かれることは無かったと思う。

文化祭3日前からは準備のため塾に行かなくなり、勉強時間は0に戻った。当日も3日間ずっと展示に居て、片づけも参加した。さらに文化祭で風邪をもらい、結局ゴールデンウィーク終了までほとんど勉強しなかった。

ゴールデンウィーク明けに校内模試が帰ってきたが、数学で知っている問題が出た上に国語が1位だったので文系3位であった。この辺りから、余裕を持って勉強できるようになる。

また駿台模試でも数学が大爆死しながら、国語と世界史で逃げ切りB判は確保した。英語は京大対策ばかりしていたせいで、和訳・英訳以外が伸びていなかった。

高3になって、学校の授業は内容も自分の受け方も変わったと思う。現代文は毎回演習と解説になったし、数学の予復習なんて中1以来初めてした。また、不要にしか思えない授業は切る人が増えた。一限の英語など定刻に9人しかいなかったこともある。 確かに、何も考えずに出席するのではなく、自分で有意義と思うコトをするのも有りだとは思う。例えば朝の都心をサイクリング、とか。誰がそんなことをしていたのかは聞いてはいけない。

高3の夏休みも特別なことはなく、ただただ持ち時間を勉強に費やすだけである。7時に起きて1時に寝ていた。やはり、一番つらいのはがり勉ではなく、部活などとの両立であろう。

夏には京大模試を2つ受けて、A判上位とB判上位だった。数学は共に爆死して偏差値40台であったが、他の科目は十分太刀打ちできると思った。

夏休みもオフを1日だけ作った。赤坂の迎賓館の内部参観に申し込んで当たったのである。詳細はここを参照。

京大受験 ~高2冬から春~

冬休みは1日だけオフとして白馬に行ったほかは、Z会で英数国の講習に行き、12時間くらい勉強していたと思う。京大に行く計画は体調が悪すぎて流れた。

高2の3学期になると、ようやくクラスも受験の雰囲気が出てくる。ただ、未だに芸術や化学など受験に関係ない科目をのんびり履修していたのだが。

センターを全科目解いて見ろ、とZ会で言われたので、全く勉強していない古文・漢文を大急ぎで詰め込んだ。Z会出版の「スピード攻略10日間」というもの。

そしてセンターを受けた。点数は曖昧な記憶による。
英語:筆記176、Lis40くらい
数学:61+64
国語:140
地理:75くらい
世界史:55くらい
地学:50くらい
合計 630点/900点

数学で10点、国語で8点マークミスした。数学が悲惨だが、合計点では京大合格者の高2時成績の平均を越えたので希望が見えた。

また、校内模試が有った。英語は若干伸びた。数学は安定の低得点。しかし国語がかつての輝きを取り戻し、順位が140位から50位まで上がり、我が校の現役東大合格ボーダーラインの順位に到達。

高2の3学期は、例の歴史研究部的サークルには滅多にいかなくなった。生徒会室には結構行っていたが、勉強中心の生活に移行していたと思う。

なお、上の校内模試のの日に6時登校したら成績が良かったことを契機に、それ以後も6時に学校について勉強することにした。夜11時を過ぎると勉強できなくなることに気付いていたのである。

この時期まで来ると、持っている時間を全て勉強に費やしていればよいので、楽になったと言えば楽になった。

この調子で春休みもひたすら勉強していく、

京大受験 ~高2・2学期まで~

・小学校まで
人より文字を覚えるのが早かったと言われる。幼稚園でも小学校でも本を読んでばかりだった気がする。だから身体能力が低いのか、それとも身体能力が低いから引き籠って本を読んだのか。。。

中学受験するにあたって、読書のおかげで国語・社会・理科で大きなアドバンテージを得ていた。そのため、算数を捨てたものの少なめの勉強量ながら、2月1日に受けた愛育病院のそばの中学に合格してしまった。

さらに2月2日に栄光学園を受けたが、算数が一か所以外白紙ながら合格してしまった。他教科が全て最高点であれば、合格最低点を辛うじて越えるので、そういうことなのだろう。この入試結果で調子に乗り、後で苦しむこととなる。

 ・中学校
4月の頭から歴史研究部的サークルに入った。この中学は親に受験させられたので(嫌だったわけではない)当然このサークルについても知らなかったが、小学生時代の趣味から当然の成り行きとして入部した。このサークルには高3まで出入りすることとなる。
ちなみに某運動部にも一時期居たのだが、やはり自分は文化部の住人だと感じて行かなくなった。

中1の時は友人の間に勉強する風潮が無く、成績が良い人が多くもなかったので、趣味と被る国語と社会しかできなかった。

中2になると成績の良い友人が増え、自分の成績がとんでもなく悪いと思えて勉強するようになった。多くの科目は少し勉強したらできるようになったのだが、数学はそうもいかず。赤点すれすれで進級した。数学だけはやっても上位に入れないのでやる気が起きなかった。

・高校
高1になると英語の教科書が変わり、本当にモチベーションが下がった。また文化祭が震災の影響で6月末に行なわれ、その後期末試験までは短期間しかなかった。そのため、この期末試験に初めて全教科一夜漬けで臨んだところ、まずまずの成績が取れてしまった。さらに、例のサークルの会計職や校内新聞の編集担当になったことで、勉強を捨ててそちらに注力し始めた。

高2になると明らかに成績が悪くなってきたが、それは見なかったことにして部活・生徒自治・旅行ばかりしていた。同輩、そして後輩からも「今日は塾なので活動に行きません」と連絡をうけながら。

高2の夏は一応Z会の夏期講習に行ったし、その期間はきちんと勉強していた。しかし、その他の期間は部活や旅行に費やした。高2の夏から本気で勉強する、と多くの人が言っていたが、何割が実行できたことやら。
ちなみに、この頃、京大文学部を受けようと思った。

2学期から週2回、英語と数学でZ会に行きだした。だが、例のサークル・新聞・生徒会・修学旅行委員を掛け持ちし勉強より優先していたので、勉強は塾の予復習のみ。結果、駿台全国模試は京大D判であった。(A~Dの4段階評価)だから、浪人覚悟で2学期は遊び切ろうと思った。

2学期末に新聞の最終号を作り、終業式直前に例のサークルで400ページの本を完成させたら、本当にやることが無くなった。エネルギーだけはあるのに、である。そして、それを受験勉強に向けることができたので、結果的には良いスタートを切れたと思う。

2014年2月26日水曜日

京大受験 ~2日目~

無事、はやく寝つけて4時半に起きた。6時に朝食なので、それまでは過去問の英文を読んでいた。もう2度も和訳したので覚えているようなものだが。

昨日と同じように朝食、そして出発。この日のタクシーは渋滞を回避しようと昨日と別ルートを通ったので、ずっと景色を見ていた。同乗者は勉強していたが、よく酔わないものだ。

この日は体育会の方が声援のみならずハイタッチをしていた。この独特の熱気は気分が良くなる。

一科目目 英語 09:00~11:00
まず滑らないだろうと思った科目。
し か し
英作文が異常に難しく感じた。直前までろくに勉強していなかったのもあるが、後で学校の教員と話したところ、例年以上だと言っていた。

とりあえず書き切るのに40分使った。和訳に自信が有ったのでここまでゆっくり解けたが、そうで無かったら焦ったと思う。

対して和訳の方は拍子抜けで、40分で全て終わった。このため40分余ったので、英作文の修正に費やした。暗記例文集からコピペできそうな部分も有ったので、内容は割とずれるものの、表現としては問題の少ないものを書けた気がする。

昼休みは世界史の最後の見直しに費やした。軽めの一問一答を使っていたので全部覚えてしまい、気が楽だった。

その後、吉田南に戻ると「折田先生像」に例のクジャクが止まっていて写真を撮られていたが、クジャクが合格お守りを蹴り落とした。

二科目目 世界史 13:30~15:00
これも得意教科。

科挙の歴史についの300字論述が出たが、定番ネタな上に過去問に似ていると思ったので、これは書ける。

もう一問はドイツの戦後史をまとめる300字論述だったが、最初450字になり取捨選択作業がメインだった。

知識問題は中国の大運河の名前以外は合っていると思う。19世紀後半にエジプトで大規模栽培されていた農産物は何か、これは予備校の講評だと難問とされたが、ゲーム「victoria」プレイヤーとして当然の正答。(答:綿花

これで全科目終了。これは受かったと思ったので、散歩して帰ることに。叡電で修学院まで行って、そこから出町柳まで歩いて帰ってきた。その後はさっさと新幹線で帰宅。

2014年2月25日火曜日

京大受験 ~1日目~

朝5時半に起きた。前日ろくに寝れなかったのでまずいことになっていると思いきや、快調である。

6時から朝食が始まった。普通の和食。親や友人との宿泊者が結構多かったが、全体的には静かな朝食。

7時半集合で、生協が手配したタクシーに知らない受験生3人と乗った。私は助手席。寺社の近くを何度も通るのでずっと景色を見ていたが、最後の方で同乗者がみな勉強していることに気付いた。酔いそう。

京大周辺はタクシーで大混雑。そのため近くまで行って途中で降りた。予備校関係者や体育会が大勢で応援に来ている。独特の熱気。どこぞの部から何となくもらったポケットティッシュに直筆メッセージが書かれていて地味に嬉しかった。

文学部の集合場所についた。待機する集団は実に文学部らしかった。男女問わずヲタ系が多い。同じ学校や予備校で集団を作っている人が多いが、こちらは一人で伊勢物語。

教員が出てきて「受験票を忘れた者は来なさい」とのこと。10人では済まない大人数が出てきた。忘れる人などいやしない、と思いきや。

整列が始まると「西に寄ってください」との指示。京都の人だから自然と方角を使いたがるのかもしれないが、受験生は混乱したよう。

ここで静寂を破り吉田寮生が出現。私は真っ先にパンフを貰いに行った。そして「問題が書いてあるかもしれないぞ~」「読むと受かるかも~」などとふざけだすと、結構の受験生が貰いに行っていた。面白かったが、受験の役には立たなかった。

さて、会場に入った。長机を1人または2人で使うので、誰でも通路に接する席ではあるし、空調も悪くは無かった。ただ、机の奥行きが学校や塾とは比べて非常に狭い。使える横の幅が大きいのであまり問題ではないが。

試験開始が近くなると、コートを含め全ての荷物を教室後ろの荷物置き場に移すように指示された。センターでは足元で良かったが、こちらは徹底。

一科目目 国語 09:00~11:00
センター同様に、待機時間はずっと作り笑いしていた。すると楽しくなってきた。

得意ではあるが、ここで大差をつけるつもりはないので普通に解く。古文はできたと思ったが、現代文は可もなく不可もなくというところ。本番で緊張することは無いと分かったことが一番の収穫。

国語終了後、昼休みとなった。ここで泣いている人は流石に居なかった。予約していた弁当を貰って、キャンパスを徘徊した後に時計台までいったら、すでに座れそうなところがほぼ埋まっていた。なんとか隙間を見つけて食べる。ここでも学校や予備校で固まっている人が多く、圧倒的アウェー。

その後も時計台付近に居たら、クジャクを連れている学生、お菓子を配るスパイダーマン、反原発の署名をする運動家などなど面白い人が沢山いた。

吉田南に戻ると、屋外で体育会の方が女子高生に声掛けして、出身高校などを聞いていた。相当の長話なのでナンパかと思ったら、その後は男含め一人でいる受験生何人にも声掛けしていたので、ただの優しい人だった模様。

集合時間が近いので会場に戻ったら、ほぼ全員がとっくに戻って勉強していた。

二科目目 数学 13:30~15:30
開始前に「みなさん妙に良い写真を受験票に使うので、たまに本人だと分からないことがあるんですよね」、と監督の教授。試験官はセンターに比べて和やかだったと思う。まあ、4月から自分が教える学生の選抜だから緊張する人が出て欲しくないのだろう。

私は極端な成績なので、例年通りの難易度であればこの科目で45点確保すれば受かりそうと言われていた。模試の数学は最後の京大実戦を除き悲惨だったが、直前には過去問や予想問題から考えるに60点は堅そうだったので気楽に受けられた。

第一問:
あれ?去年の問題と同じ発想で解けそう…あ、できた
(自信たっぷりで提出したが、予備校の解答と比べて(少なくとも見かけは)全然違ったので、得点開示待ち。)

第二問:
これは計算問題か…あれ、この定番の処理を度忘れ…いや、できるか
(一旦途中で放置した上にものすごく時間を食ったが完答)

第三問:
これは普通にやれば…計算間違えてるかもしれないけど時間ないな…
(時間の都合で見直ししないという賭けに出たが、合っていた)

第四問:
^^;
(一応書いたのだが、すごく怪しい内容だったと思うので期待していない)

第五問:
えっ
(瞬殺)

予想以上に出来たので、流石に受かったと思った。

試験後は京都御苑まで歩いて、その中を散歩していた。同じ考えの京大受験生は他にも何人かいたようだ。

その後も散歩していたせいで、ホテルに戻ったら夕食の時間となった。王将は昨日の件が有り行きたくないので、コンビニのおにぎりを食べた気がする。

ホテルで新聞を読んで、テレビで瓦職人の番組を見て、長く入浴したら、また大して時間が無くなった。昨日ほとんど寝れなかったことを考えて、世界史だけ見直して10時に寝た。英語は明日の朝だけで。

2014年2月24日月曜日

京大受験 ~前日~


 受験とはいえ久しぶりの遠出、行先は京都。

 出願に迷うこともなかったので、かなり早くにみどりの窓口で新幹線の指定をとった。7号車1番E席だった。ラッキーセブンの「一番イイ席」である。明らかに受験生なので選んでくれたんだろうか、とも思った。

 自宅から新幹線に乗るとなると品川が近いのだが、何となく東京から乗ろうと思った。無駄に早く着いたので駅舎を観察して遊んだ。

 9時発ののぞみで出発。車内で勉強しようと思い世界史の一問一答を持ってきたのだが、景色に気を取られて(ちなみに富士山は見えなかった)恐ろしい程に捗らなかった。 ほぼ全問覚えていたのだが。

10:41、名 古 屋 到 着 、 下 車 。

^^;

 京都に新幹線で行くなんて修学旅行でしかしたことがないので、 ここは普段通り在来線で行きたかった。慣れない行動での緊張は大敵。

 しかし東京~名古屋は嫌というほど乗ったので、今回はその区間だけを新幹線ワープ。

 名古屋駅の改札を出ると、凄く懐かしくなった。関東を除けば日本一使った駅だと思う。行先表示などを見てかつての旅行を思い出していたが、河合塾の広告が大量に目に入ってきた。リニューアルオープンらしい。この時期には勘弁してほしい。

 きしめんを食べて快速大垣行に乗る。毎度おなじみの車両。この辺りから完全に旅行気分。車内では伊勢物語を読んでいたが、これは古文対策ではなくただの趣味。

 大垣駅で20分くらい待ち時間があったので、人生で初めて大垣の改札を出る。MLながらで何度も使ったというのに、今までは全て素通り。駅前に松尾芭蕉の記念館への案内が有り、近かったら普通に行っただろうが遠かった。おばさんに署名を求められるがスルーして駅内へ。

 大垣から米原行に乗る。関ヶ原駅に停車した時、若者の集団が「徳川家康って関ヶ原で勝ったの?負けたの?」と大きい声で話していた…。

 米原からは、これまた毎度おなじみ新快速姫路行。いつもの事だが、オバサンたちの関西弁での騒ぎ声で西日本まで来たと実感。

 そして京都駅到着。烏丸口に出ると案の定バスが大行列。よくもまあ並ぼうと思うものだ。さっさと七条駅まで歩く。

 七条駅から京阪電車で出町柳駅へ。初めて来たが、予想より栄えていなかった。まあ、東京が栄え過ぎなのだろうが。ここからは人の波に乗って京大まで歩いた。百万遍から道を誤って北部構内に着いた。今考えると何故間違えたのか分からない。 ということで、京大本部構内への記念すべき第一歩は裏門からとなってしまった。

 実は、これまで京大に来たことが無かった。高2の2学期までは受験を大して考えていなかったし、高2の冬休みに行こうとしたらノロウイルス的症状で行けなかったのである。

 ここで時計台と御対面。実の所あまり好きで(ry

 本部構内を抜けて吉田南へ。ここが受験会場であった。新しそうな建物なので一安心。センターを受けた東大医学部の古い講堂は、意匠こそ好きだが実に寒かった。

 特にすることもないので正門の方に戻り、東山東一条に向かって歩く。途中で桜trickの立て看板に遭遇した。センター当日の朝も桜trickの話を知り合いにされた。縁があるのだろうか。

 さっさと帰っても仕方ないと思ったので、神宮丸太町まで歩き、京阪で清水五条まで行き、そこから京都駅前のホテルまで歩いた。高層ビルがないので開放感がある。

 夕食まで微妙に時間が有ったので伊勢物語を読んでいた気がする。とにかく、勉強がはかどることは無いと思った方が良いと思う。

 夕食は七条烏丸の王将に行ったが、3席隣の相当に酔っぱらった老人が、ろれつが回っていないものの私を罵っているらしく、甚だ不快だった。そのせいで急いで食べたので気持ち悪くなった。

 その後はホテルに戻ったが、勉強する気も起きず、買いこんだ中日新聞・岐阜新聞・京都新聞を読みとおし、更にNHKのニュースを見た。新聞でもテレビでもローカルニュースは面白かった。

 風呂にもかなり長く入った(ユニットバスで浴槽に水を張った)せいで、数学を見直す時間が短すぎることに気付く。朝食が6時から、出発が7時半、試験が9時からなので5時半に起きるので7時間半前の10時に寝るつもりが、明らかに無理なので11時に寝ることに。

 11時に寝ようとした。しかし寝れなかった。これは緊張というより、暑さと興奮、そしてチョコレートのせいだと思う。緊張を防ぐために意図的にテンションを上げていたのである。

 寝れない…と思いのた打ち回り、時計を見ると1時だった。その後も殆ど寝られた気はしないのだが、 夢を見たので少しは寝たのだと思う。

(続)